SHIFT THE FUTURE
日産じゃないですが(笑)↑■ F1がハイブリッド? バイオも! 規則変更ロードマップ
「走る実験室」といわれていたのは昔の話。今のF1は技術開発が日進月歩で進んでいる、まさにテクノロジーのかたまりではありますが、でもそれらは一般の自動車に還元されない、F1グランプリで速く走るため“だけ”の技術が多いと思うのです。少なくとも地球環境を考慮した技術は発展してないですよね。
そんな中にあって、今後のこういった技術面でのレギュレーションの変更は諸手を挙げて賛成したいです。
しかもオーバーテイクシーンが多くなれば一石二鳥!
ピットレーン勝負で抜くのではなく、スプリントレースであるからにはあくまでコース上で抜いてほしいのです。
話変わって、とみ〜が今所有しているF1ミニカーはこちら。↓
以下写真続きます。
'92年 ウイリアムズ・ルノー FW14B ナイジェル・マンセル

永遠のマンちゃんファンとして買わずにいられなかったマシン。レッドファイブが映えて見えます。
'92年のグランプリシーンでは終始異次元の速さを見せ、セナをして「マンセルは遠い星に行ってしまった」と言わしめた名車。チャンピオンマシンです。
シーズン途中でFW15を投入する予定だったのに、このマシンがあまりにも速すぎたので投入を翌年に繰り越したといういわくまであります。
'93年 ウイリアムズ・ルノー FW15C アラン・プロスト

でもマンセルは翌年F1をドライブすることはありませんでした。いろいろあってシートに収まったのは1年休養していたプロスト。昨年の段階から熟成を重ね、ハイテク満載のマシンとなりました。これもチャンピオンマシンです。
この頃はセガがスポンサーしていたんだよなあ……。
'94年 ウイリアムズ・ルノー FW16B ナイジェル・マンセル

セナのラストマシンとなってしまった悲劇の車。
'94年からはアクティブサスやABS、4WSといったハイテクが禁止される一方、レース中の給油認可という“改悪”が行われました。
そういったレギュレーションの変更のせいか、FW16は(速いけれども)ナーバスな挙動を示すマシンになってしまいました。
シーズン途中で改良されたマシンにはマンセルがフランス・イギリス・日本・オーストラリアの4戦に出場。オーストラリアではポール・トゥ・ウィンを飾り、これがマンセルの最後の勝利となりました(通算31勝)。
'04年 ジョーダン・フォード EJ14 ナイジェル・マンセル

レアマシンですね〜。
2004年7月6日、イギリスGPを前にして行われたロンドンでのパレードで、マンセルが乗ったマシン。ちゃんとトレードマークであるレッドファイブがつけられています。
'02年 マクラーレン・メルセデス MP4-16 ジャン・アレジ

こっちもレアです。
2002年3月5日の1日だけ、アレジがテスト走行したマシン。
アレジもな〜。惜しいドライバーだよな〜……。
マクラーレン繋がりで言うと、今年ハッキネンがテスト走行したマシンがモデル化されたら欲しい、かも。
'06年 フェラーリ 248F1 ミハエル・シューマッハー

数々の記録を打ち立てて去っていった皇帝に敬意を表し、ミハエルのラストマシンとなったこれを買いました。
しかしフェラーリのナンバリングは一貫してないな……。
'82年 フェラーリ 126C2 ジル・ヴィルヌーヴ(左)
'90年 フェラーリ 641/2 アラン・プロスト(右)

これはコーヒー2本セットのおまけですが、なかなかよく出来てます。この頃のフェラーリは赤の色が深く、個人的にはフェラーリにはこのカラーリングをまとって欲しいのです。
('97年からはマルボロがメインスポンサーになり、色が朱色っぽくなった)
左のは悲劇のマシン。ジル・ヴィルヌーヴが命を落とし、チームメイトのディディエ・ピローニも重症を負って引退を余儀なくされたことで知られています。しかしマシン自体は速く、この年のコンストラクターズ・チャンピオンを獲得しています。ただこれをきっかけにグラウンド・エフェクトが禁止され、翌年からマシンの底面はフラットとするレギュレーションへと変更されました。
右のは、マクラーレンと袂を分かったプロストが、チャンピオンナンバーをひっさげてフェラーリに移籍した'90年のマシンです。当時はセナプロ対決のまっただ中。ホンダパワーを頼りにするマクラーレンに対して、フェラーリのマシンはシャシー性能で勝っており、レース中は互角の勝負を見せていました。
ああでも。カーナンバー2のが(要はマンセルのが)あれば良かったのになあ……。
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